風が止んだのは、夜の間のことだったのだろうか。
晴れ渡った朝の空を見上げながら大きく伸びをして、ナミはぱちくりと目をしばたたかせた。
「やだ、風が止まってる」

海は凪いで穏やかだ。
見渡す限り空と海ばかりの景色だが、コンパスで位置を確認すると、昨日から殆ど移動していないことがわかった。
「もう、見張りは何をしてたのよ」
星空ばかり見上げていたら風が止んだことにも気付かないだろうが、そもそも不寝番がゾロだったのだから、
起きていたかどうかも怪しいところだ。
ナミはラウンジに入る前に、見張り台へと登った。
屋根つき冷暖房完備の見張り台は、メリーの頃とは雲泥の差で快適な環境となっている。
故に、ゾロがまともに起きて見張りをしていたためしがない。

「ゾロー、おはよう」
高鼾で寝ていたらヒールで踏ん付けてやろうと勢い込んで扉を開けたら、案の定ゾロは床に寝転がっていた。
「ったくもう」
両手を腰に当てて、ミニスカートにも構わずゾロの横に仁王立ちする。
「見張りが寝てて、どうするの」
足を振り上げかけて、ふと動きを止めた。
様子がおかしい。
仰向けに転がったゾロの顔は苦しげに歪み、頬や額まで赤く染まってぜえぜえ荒い息をついている。
「ちょっと、ゾロ?どうしたの」
その場でしゃがんで、汗の浮いた額に手を当てた。
弾かれたように手を引っ込めて、ナミはオロオロと立ち上がる。
「どうしたのよ凄い熱。ちょっと・・・」
明らかに尋常でないゾロにナミらしくなくうろたえて、とりあえずラウンジへと降りた。




ラウンジの中は、朝食を待ちかねた仲間達で賑やかに騒いでいる・・・はずだった。
なのに扉を開けてもがらんとして、人の気配がない。
テーブルの上にはすでに用意された朝食が湯気を立てているのに、出迎えるサンジの笑顔も見当たらなかった。
「どういうこと?」
思い立って男部屋へと踵を返す。
案の定、扉の前で心配そうに中を覗きこんでいるロビンを見つけた。

「ロビン、どうしたの」
「ああ、おはようナミ」
ロビンらしくなく気遣わしげな様子で、ナミを部屋の中に誘うように手招いた。
「集団風邪かしら。みんな具合が悪いの」
「なんですって?」
覗き込めば、そうでなくともむさ苦しい男部屋は、熱気と喘鳴で溢れていた。

横たわっているのはフランキーとウソップ、それにルフィだ。
その間を元気そうなチョッパーとサンジ、それにブルックが走り回っている。
「あ、ナミさん!」
サンジが気付いて、慌てて飛んで来る。
「ダメだよロビンちゃんも、あっち行ってて。うつったら大変だ!」
慌てて閉めようとするから、ナミが手を振って制止する。
「大丈夫よ、それよりいつからこうなの?」
「今朝起きたらルフィの様子が変で、チョッパーを起こしたんだ。具合悪いのはフランキーとウソップの3人だ。
 一応朝食の準備はしてあるから、悪いけど二人で先に済ませておいてくれるかな」
「わかったわ」
「それはいいけどサンジ君、実はゾロもおかしいのよ」
「へ?」
サンジは足を止めて、振り返った。
「あ、そう言えばあいつ見張り番・・・」
「風が止んで船が動いてないから、私、先に見張り台に登ったの。そしたらゾロが倒れてて」
「なんだって?」
サンジは額に手を当てて天を仰ぐ仕種をした。
「ルフィだけでもビックリしてんのに、まさかマリモまで・・・」
「こっちに収容しましょうか?」
ロビンの提案にサンジは首を振って、チョッパーを呼んだ。
「とにかく、二人はうつったら大変だからラウンジに避難してて。ここをブルックに任せて俺とチョッパーが見張り
 台に上がるよ。幸い、チョッパーの診立てでは典型的な風邪の症状らしいから、緊急性はないようだ」
「そう」
「それじゃ、私たちはラウンジにいるわね。何かあったら言ってちょうだい」
「ありがとう」

ナミとロビンが立ち去るのを確認して、サンジは男部屋に引き返した。
「チョッパー、ゾロが見張り台で倒れているらしい。一緒に来てくれ」
「なんだって?」
「ゾロさんもですか、なんということでしょう」
ブルックは病人達の枕元に座り、甲斐甲斐しく額のタオルを交換している。
「ここは私が見ていますから、お二人は見張り台に行ってください」
うんとチョッパーが頷いて診察鞄を持った。
「頼むね、行くよサンジ」
「おう」
甲板に出れば、目の前には雲ひとつない青空が広がっていた。
こんなに天気がいいってのに、なんて日だ今日は。



チョッパーと共に見張り台に登れば、なるほどゾロが大の字に寝っ転がってゼエゼエ呻いていた。
時折渇いた咳をして、苦しそうに顔を歪める。
「ゾロ、大丈夫か?」
問い掛けに僅かに首を動かしたが、殆ど声は出ていない。
チョッパーは手早く熱を図り、心音を聞いた。
「かなり熱が高いな。喉も荒れてるし、脱水症状を起こしてるかもしれない」
サンジに鞄一式を預けると、ムクムクと大きくなってゾロを担ぎ上げた。
「一見したところ、ルフィとゾロの症状が重い。このまま医務室に運ぶよ」
「わかった」
サンジも固い面持ちで頷き、後に続いた。



「様子はどう?」
ラウンジに入ってきたブルックに気付いて、ナミが声をかける。
「はい、症状としては発熱と鼻水、それに咳ですね。普通の風邪のように見えます。今、チョッパーさんが血液
 検査されてますけど。医務室にはルフィさんとゾロさんがおられます、お二人が一番重傷ですので。男部屋の
 フランキーさんとウソップさんはサンジさんがついてられます。私、急いで食事してサンジさんと交替します」
そう説明しながら、ブルックは冷めた朝食をやっぱり美味しい〜vと叫びながら凄い勢いで食べ始めた。
「男部屋の方は私が交替するわよ、幸い今のところなんともないし。狭い船のことだから、うつるならもううつって
 ると思うわ」
ブルックは口端にパンくずをつけながらも、恭しく首を振った。
「せめてなんの病原菌か判明するまでは、お嬢様方は近付かれない方がいいと思います。用心に越したことは
 ありません」
「―――あら?」
ロビンが手にした新聞を広げて、動きを止めた。
「なに、どうしたの?」
「さっき届いた新聞の中にチラシが入っていたわ。この海域に配達される新聞には全部入れてくれているのね、
 なんて親切」
「なになに?」
ナミとブルックが揃ってロビンの手元を覗き込む。
「風来海域にてウィルス発生注意報。この海域は常時風が停滞しているため、ウィルスが蔓延している。
 症状としては“くしゃみ・鼻水・咳・発熱”等、感冒と同種。2〜3日の目安で自然回復。ただし、ウィルス性の
 罹患経験がない者は重症化するため、注意が必要・・・ですって」
「なに、ここ風邪区域だったの?」
思わず顔を見合わせたナミとブルックの背後で、ラウンジの扉が開いた。
タオルで手を拭きながら、入ってきたのはチョッパーだ。
「チョッパー、お疲れ様」
ロビンの労いの言葉に首を振って、ふうと息を吐きながらテーブルに着く。

「血液検査をしたら共通のウィルスが見つかったよ。見たこともない形だったけど、症状としては風邪に
 似てるみたいだ」
「そうなのよ、これ見て」
ナイスタイミングとばかりに、ナミがチョッパーの目の前にチラシを翳した。
手早く朝食を書き込みながら、チラシに書かれた文字を目で追っている。
「じゃあ、これは風土病なのかな」
「共通のウィルスならほぼ間違いないんでしょう。つまり、風邪だと判断してもいいのじゃないかしら」
「この、ウィルス性の罹患経験がない者は重症化ってどういうことかしら」
「裏を返せば、一般的に風邪とかに罹ったことのある人間にはうつらないんじゃないのか?」
チョッパーはそう言いながら、周囲を見渡した。
ピンピンしているのはナミとロビン、それにブルックにチョッパー。
「俺には人間性のウィルスは効かないし、ブルックはそもそもウィルスが侵入する経路も体内もない。
 ナミとロビンは一応人並みに風邪引いたりしたこと、あるよね?」
「あるわよ」
やや憤慨して応えるナミの隣で、ロビンも深く頷いている。
「それに比べて、ルフィはもとよりゾロもウソップも・・・フランキーも風邪引いたことないのかな?」
「ある意味丈夫そうよね。確か、私がケスチアで倒れた時もルフィ達は風邪一つ引いたことがないから
 対処法がわからないってうろたえてた気がするわ」
「風邪引いたことないって・・・どんだけー」
黙って聞いていたロビンが、ぷっと吹き出した。
「・・・なに?」
口元を手で押さえ、くっくと肩を震わせるロビンにナミが怪訝そうな視線を送る。
「ごめんなさい、ちょっと・・・不謹慎なことを思いついてしまって・・・」
「なんですか?」
ブルックが興味深そうに身を乗り出した。
「いえね。今回、風邪を引いたことない人たちばかりが、風邪引いたのよね。つまり・・・」
そこまで言って、言い難そうに言葉を止める。
その先を察して、ナミが人の悪い笑みを浮べた。
「つまり、馬鹿は風邪引かないって言うから、今回は馬鹿が引く風邪と・・・」
「そこまでは言ってないわ」
「言ったも同然じゃない!ひどいんだーロビンって」
からかいながら、ナミもつられたように笑い出した。
「そうか、それじゃしょうがないわよね。チョッパー安心して。私達には絶対うつらないわ」
「そんな根拠あるかよー」
わいわいと盛り上がっているラウンジに、サンジが顔を出した。

「ちょっと落ち着いたみたいーって・・・なに?なんか楽しそうだけど」
その場にいた全員がはたとサンジの顔に注目してから、なんとなくバツが悪そうに視線を逸らせる。
「・・・なんでサンジ君、大丈夫なのかしら」
ナミの呟きにチョッパーが噴いた。
ロビンも、ちいさく肩を震わせている。
「え、なにが?」
「いえあのう、サンジさんも過去に風邪くらい引いたことありますよね」
「え、風邪?ねえよ」
即答するサンジに、ナミ達が笑いを爆発させる。
「やっぱり!絶対、絶対ルフィとゾロが1.2を争うなら、僅差で次点はサンジ君だって思うのに・・・どうして?」
「どうしてって酷いなナミ・・・」
ぶはははと受けるチョッパーのピンクの帽子を、サンジはぱふんと叩いた。
「何言ってんだか説明しろ、オラ」
「いやいや、ごめんサンジ。サンジは生まれてこの方、病気で寝込んだことはないのかな?」
涙を拭き拭きそう聞いてくるから、サンジは火の点いていない煙草を指で挟んだままふと首を傾げた。
「確かに、物心ついてからは風邪引いたりとかしたことねえけど、遭難した時合併症引き起こして入院した
 ことはあるぜ」
「「「「それだ!」」」」
いきなり声を合わせて指差す仲間達に驚いて、一瞬身体を引いた。
「なーんだ、じゃあやっぱりサンジ君にも免疫あるんじゃない」
「よかったなサンジ。おめでとう」
「だから何の話?」
訳がわからず焦れるサンジに、ロビンが懇切丁寧に説明した。

「―――と言うわけで、症状としては風邪とほぼ同じようだから心配はないわ」
サンジはほっとした顔で、遅れて朝食に手を付けた。
「そうか、だからルフィとゾロが重症なんだな」
「風が止む地帯でこのウィルスに感染するってのはいいことかもしれない。後々免疫ができて
 より強くなるみたいだし」
「航行できないってのも幸いしてるのかもしれないわね。フランキーが元気なら動力を使って脱出する
 ところだけど、食糧も充分にあるし無理して先に進むことはないわ。ゆっくり看病に専念しましょう」
「それがよろしいかと。私も骨身を惜しまず看病させていただきます!」
原因が判れば安心とばかりに、皆一様に明るい表情で持ち場に離れた。






幸い天気は上々で、洗濯物もよく乾く。
大量の汗を掻きながら云々唸るウソップ達に点滴を施して、チョッパーはサンジに病院食の指導をした。
基本的に薬の投与はせず、自然治癒力に任せるだけだ。
熱よりも咳や喉の痛みが辛そうで、典型的な集団風邪の様相を呈していた。
「フランキーさん、お粥ができましたよ」
「・・・いつも、すまねえなあ」
ゲホゲホとむせながら、前髪の垂れたフランキーがのろのろと起き上がる。
「ああ・・・なーんも味がしねえ・・・」
とろとろのお粥を渇いた口に流し込みながら情けないため息をつく隣で、ウソップも目をショボショボさせた。
「匂いもしねエのが、こんなに味気ないなんて知らなかった・・・でもあったまるなあ」
「生姜が入ってるそうですから、きっと身体が温まりますよ。とにかく、お二人の仕事はよく寝て身体を
 休めることです、お大事に」
そう言って労わるブルックの顔面は、相変わらず剥き出しの骨にぽっかりと空いた眼窩。
昼日中に見ても怖気を感じさせる容貌なのに、何故だか今日は神々しくさえ映って、フランキーと
ウソップは自然と手を合わせ頭を垂れた。


「ああーうめえ、気がする。もっと食いてえ・・・」
「はいはい、がっつかない。ったくもう、熱がこんだけあるのに食欲だけは残ってるのね」
腕を上げる気力すらないルフィが嗄れた声でせっつくので、ナミは忙しなく大きめのスプーンでルフィの
口にお粥を運んでいた。
味も匂いもわからないと嘆きながら、その勢いは衰えを知らない。
とは言え相変わらず熱は高く、身体を起こすこともままならぬほどへろへろ状態だ。
「熱い〜だるい〜」
「ゴム、ゆっくり食え。寝たままなんだから気管にでも入ったらしんどいぞ」
サンジはその様子を呆れて眺めながら、同じように横たわるゾロに目を向けた。
こちらは対照的に物も言わず口も開かず、只管眠り続けている。
時折起きているようだが、その時も動きも喋りもしないので、傍目から見て判断がつかないのだ。
「こら万年腹巻、いい加減起きて飯を食え。食うもの食わねえと熱下がらねえぞ」
サンジの言葉に、片目だけぱちりと開けた。
なんだやっぱり、起きてやがったんじゃないか。

サンジは憮然としつつも、ゾロの背中に手を回してクッションをあてがった。
その動きを察したか、ゾロも背を撓らせるようにして自ら身体を起こそうと試みる。
だが思うように身体が動かせず、差し込まれたサンジの腕に凭れ掛かってしまった。
サンジは思わず舌打ちして、すぐさま腕を引っ込めた。
ゾロの背が、燃えるように熱かったからだ。
こんなにも熱が上がって、本当に大丈夫なのだろうか。
いくら脳みそまで筋肉と言えども、ほんとにゆで卵になってしまったら元には戻らない。
元から足らない脳みそでも、これ以上失われたらヤバいだろう人として!

内心の動揺を隠しつつ、サンジはお粥の入ったトレイを持って身を寄せた。
ゾロが難儀しながら腕を上げ、それを受け取ろうとする。
「無理すんな、食わせてやる」
「・・・いい」
一声発するのも苦しそうなのに、また舌打ちしてサンジは声を荒げた。
「いいじゃねえよ、トレイをひっくり返されでもしたら掃除すんのはこっちだぞ。余計な手間掛けさせねえで、
 おとなしく食ってろ」
サンジの言葉に僅かにむっとしたようだが、ゾロはそれ以上言い返さず腕を下げた。
「よし、とにかく口開けろ」
ずっと一文字に引き結ばれていた唇が、わずかに開く。
熱が高いせいで、唇は荒れて皮が剥けていた。
少し湿らそうと、先にコップの水をあてがう。

「零してもいいから、ゆっくり飲め」
タオルをあてて傾ければ、僅かずつ水が口の中に吸い込まれていく。
ほっとしたのもつかの間、ゾロは空咳をしてむせた。
口元にタオルをあて、背中を擦る。
「大丈夫か」
身体をくの字に曲げて咳き込むゾロに、サンジは背中を擦るしかできることがない。
ようやく咳が収まったのを見て、今度は粥を口に運ぶ。
むせないように慎重に、ひと匙ずつ口に運ぶ隣で、ナミがルフィに「もうおしまい」を宣言していた。

「とにかく大人しく寝てなさいよ。サンジ君、そっち代わろうか?」
「いや、いいよナミさん。こいつは任せて。熱に浮かされてナミさんの指まで食っちまったら大変だ」
「馬鹿ね、それ言うならルフィの方でしょ」
軽口を言い合ううちに、ルフィはもう寝息を立てながら眠ってしまった。
その額に浮いた汗を拭き取りながら、ナミは目を細める。
「・・・ほんとに、死ぬほどの怪我をして寝込んだ二人は見たことあるけど、こういうのは初めてね」
そう言って微笑んで、すっくと立ち上がった
「じゃあ、私ラウンジに戻るわ。何かあったらすぐに呼んでちょうだい」
「了解」

ナミが医務室から出てしまってから、サンジはゾロの口元にスプーンを運ぶのを再開させた。
顔を上気させて息をつくゾロは、飲み込むのも辛そうなのに一口一口根気よく咀嚼していく。
茶碗一杯のお粥をすべて平らげてから、ふうと息を吐いた。
「お疲れさん、よく食べたな」
空のトレイを傍らに置いて、また水の入ったコップを唇にあてがう。
先ほどより随分飲みやすそうだ。
喉が潤ったのを確認してから、背中のクッションを抜いて背中を支えながらゾロを横たえた。
汗ばんで湿ったシャツを替えようかとも思ったが、とりあえず乾いたタオルで首筋を拭ってシャツと肌の
間に差し入れた。
ゾロはもう、目を閉じてぴくりとも動かない。
動脈やリンパ腺の近くに氷嚢を置いて、これ以上熱が上がらないように徐々に冷やしてやる。
相変わらず息は荒く胸も大きく上下しているが、食事をとってくれたことで少し安心した。
汗で張り付いた額を濡れタオルで拭い、髪を梳いてやる。
「・・・頑張れよ」
眠りに就いたであろうゾロにそう囁いて、サンジは暫くの間、その髪を撫でていた。







翌日、フランキーとウソップは随分と回復した。
まだ身体がだるいと呻いてはいるが、峠は越えたようだ。
「37度台にまで下がったね。でも油断しないで、今日一日ゆっくり寝ててよ」
チョッパーの言いつけに従い、男部屋の二人は寝転がったままたわいも無いことを喋ってはうつら
うつらとしている。
対して医務室の二人は、相変わらず高熱が続いていた。
「こんなにぐにゃぐにゃになっちゃって、大丈夫かしら」
ナミが、ルフィの腕を持ち上げて途方に暮れていた。
高熱のせいか、ゴム製のルフィの身体は関節も骨もないかのように頼りなく、今にも溶け流れてしまいそうだ。
「熱が引いたら元に戻ると思うんだけど・・・こればっかりはしょうがないしな。あ、ナミあんまり一箇所を
 冷やし過ぎないで。今度は凝固しちゃうとまずいから」
「難儀な身体ねえ」

コンコンとノックの音がして、サンジが顔を覗かせた。
「ナミさんお疲れ。おやつ作ってきたけどどう?」
「まあ、ありがとう」
サンジが持つトレイには、オレンジゼリーが載っている。
「ナミさんのみかん、たくさん使わせてもらったよ。ナミさん達の分はラウンジにあるから、行って食べておいでよ」
「ありがとう。まずはルフィに食べさせてからにするわ」
ナミは嬉々として受け取ると、ルフィを起こしに掛かった。
「ルフィ〜、サンジ君のおやつよ」
「・・・おやひゅ・・・サンジ〜」
まるで夢遊病者のように、上半身だけがゆらめきながら起き上がる。
だらしなく開いた口に一口分のゼリーを流し込むと、つるんと喉を通り過ぎていった。
「冷てえ・・・甘え・・・」
「甘いのはわかるのね、美味しい?」
「ふまい」
目をトロンとさせながら、ナミに凭れ掛かりあーんと口を開けるルフィはまるで幼子のようで、世話をする
ナミもなんだか嬉しそうな表情だ。
母性本能を擽られるのだろうか。

羨ましいなあと思いつつ、サンジもゾロの傍らに座り込む。
「コラくそマリモ、起きなくていいから口を開けろ」
ちゃんと聞こえているのか、唇だけが開いた。
相変わらずかさついて、白く皮が浮いている。
「よしよし、ゆっくりと口に含めよ」
ゼリーのひと匙が、熱のせいかいつにも増して赤いゾロの口内に吸い込まれる。
目を閉じたまま眉間に皺を寄せてもぐもぐと口を動かしているとまるで不味いかのようだが、むせずに
飲み込めたようだ。
「美味いか?もう一口いくぞ」
サンジの動きに合わせて、口の開け閉めを繰り返す。
昨日よりは動作が楽そうに見えて、サンジは内心安堵した。

結局ゼリーもすべて食べて、ゾロはまた修行僧のように眉間に皺を寄せたまま目を閉じた。
「はい、ご馳走さん」
何も言わないゾロの代わりのように呟くと、隣のルフィにも目をやる。
くうくうと昨日よりは安らかな寝息を確認して、ほうと息を吐いた。



幾度も死に掛けている二人なのに、やはりこうして病に倒れた姿は見ていても痛ましかった。
怪我のせいで高熱をだしたことはあっても、身体の内側から来るウィルス性の病に冒されたことがないから、
勝手が違うのだろう。
ただの風邪だとわかっているのに、このままどうにかなってしまうのではないかと、ふとした不安に襲われる。
苦しそうに咳き込まれたりしたら、大丈夫と思っているのについうろたえてしまったりして。
いつもの憎まれ口が聞けないことが、こんなに寂しいことだとは思わなかった。

ゼリーを食べ終えて、また眠りに就いたゾロのこめかみをサンジは指でそっと撫でた。
ちりちりと焼けるほどに熱く感じるのは、ゾロの熱が上がっているからだろうか。
それとも、自分の指の温度が低すぎるせいだろうか。
そのまま掌を開いて、ゾロの額を覆うようにそっと乗せた。
ゾロの表情が、ほんの少し和らぐ。
「・・・冷たくて、気持ちいいか?」
応えはないが嫌がる素振りもないのをいいことに、サンジは自分の手が温まってしまうまでずっとゾロの
顔に手を乗せていた。








「おや、今日は随分お加減が良さそうですね」
3日目になって、ようやくルフィとゾロは起き上がれるほどに回復した。
ブルックが持ってきたトレイを自分の膝において、ルフィは早速掻き込むように食べている。
「・・・ぐる眉は?」
ゾロが訝しげに問うたので、ブルックはいやいやと首を振った。
「フランキーさんとウソップさんが元気になられましたので、今男部屋の掃除をされてます」
「そうか」
心なしかほっとした顔付きになったのをすかさず見て取り、ブルックはウンウンと一人頷いている。
「心配いりません。サンジさんは免疫がありますから、これ以上この船でうつる人はいませんよ」
「・・・」
ゾロは急にむすっとした顔付きになり、ブルックからやや乱暴な素振りでトレイを受け取る。
「誰も心配なんて、してねえよ」
「はいはい」
軽くいなして部屋を出て行くブルックは、亀の甲より年の功を感じさせた。




「あーいいお湯だった」
「やっぱり風呂はいいなあ」
頭から湯気を立てて、さっぱりした面持ちでフランキーとウソップがラウンジに入ってきた。
「湯冷めしないでよ」
「まあ、寒くて引いた風邪じゃないからなあ」
仲間たちに冷やかされながらテーブルに着いた二人の前に、鍋焼きうどんを置いてやる。
「熱が引いたとは言え本調子じゃないんだから、消化のいいもん食ってまた寝ろよ」
「おお、ありがとう」
フランキーには特別に、冷やしたコーラも出してやる。
「医務室の二人はどうなの?」
ロビンがカモメ新聞を捲りながら、チョッパーに問いかけた。
「うん、ようやく熱が下がってきたよ。症状としてはかなり重かったね。筋金入りだったんだなあ」
「筋金入り・・・なんの?」
素朴な疑問を口にするウソップに、フランキー以外の面々がぶっと噴き出した。
「いやいやいや、結局身体が丈夫な人間の方が、重症になる病気だったってことだよ」
「・・・チョッパー、うまい」
くっくと笑っているナミの隣で、ウソップはまあいいやとうどんを啜った。

「ところで、あれから全然風が吹いてないのか?」
「ええ、位置も殆ど変わってないわ。カームベルト並みに無風状態のところなのね」
まあ、うちは風来砲があるからいいけど、とナミは余裕の笑みを浮かべる。
「風来海域・・・かぜこいとは、風よ来い来い〜から名付けられたのかしら」
ロビンが真面目な顔付きで、おかしな言葉を口にする。
「あ、でもこの天気予報だと、明後日には南風が吹くようよ。停滞期があるだけみたい」
「どれどれ」
「新聞の天気予報なんて当てにならないぜ、なんせここはグランドラインだ」
「その代わり、世界一の航海士がいるんだから心強いや」
チョッパーににこっと笑い返して、ナミはロビンから手渡された新聞を捲った。
「まあ、この海域から出るのはルフィ達が回復してからにしましょう。魚は結構釣れるし、なんせサンジ君が
 元気だから食糧面でも心配がないわ。もうちょっとゆっくり養生すればいいと思うの」
「そうね、無理して急ぐ必要はないわね」
「今この状態で、同業者や海軍と行き会ったら大変だからな」
力強く頷くウソップの隣で、フランキーが盛大にあくびをする。
「ああ、身体はだるいが寝すぎてなんだかしっくりしねえ」
「もう風邪はこりごりだよ〜」
ぼやく二人に、ナミが悪戯っぽく笑った。
「病人の気持ちがわかった?たまにはいい薬よね」
「よーくわかりました、やっぱ何事も経験だ」
神妙に頭を下げるフランキーに、ラウンジの中は和やかな雰囲気に包まれた。







久しぶりに尿意を感じて、ゾロはぱちりと目を開いた。
暗い部屋の中心に、ぽかりと明かりが浮かんでいる。
――――夜か
寝すぎて昼夜の区別がつかなくなっている。
ぎこちない動きで身体を起こすと、すこし眩暈はするが起き上がれないことはなかった。
自分でもどれだけ寝ていたのかさっぱりわからないが、身体は随分回復したようだ。
まだ熱はあるが、歩けないことはない。
「起きたのか?」
ふと声を掛けられて、ゆっくりと首を巡らした。
いつからいたのか、傍らにサンジが座っていた。
「便所・・・」
「ああ、歩けるか?」
それには応えず、緩慢な動作で立ち上がり壁伝いに歩く。
「気をつけろよ」
ついていくとは言わないのにほっとして、ゾロは久しぶりに医務室の外に出た。

空には満天の星が輝き、風のそよぎすらない静かな夜だった。
星を数えながら眠った見張りの夜が、随分と昔のことのような気がする。
――――俺あ、何日くらい寝てたんだ?
頭がぼうっとして、雲の上でも歩いているかのように足元がふわふわしている。
それでもなんとかトイレで用を足して、また医務室へと戻った。
誰もが寝静まった真夜中、見張台には灯りがついている。

医務室に戻れば、サンジが水枕を取り替えていた。
無言で近付き、そのままベッドに横になろうとすると、サンジはごく自然な動作でゾロの動きを助けるように
手を差し伸べてきた。
普段ならば反射的に跳ね除けるだろうに、何故か素直に身体を預け、サンジの胸元に凭れるように顔を
押し付けてから横になる。
ぴちゃりと心地よい水音がして、すぐに冷えたタオルが額を覆った。

「ゆっくり寝ろ」
ゾロは頷くでもなく、そのまま息を詰めて眠った振りをした。
衣擦れの音がして、サンジがまた傍らで頬杖を着くのがわかる。
ベッドサイドのテーブルに一つだけ灯りを点して、ノートになにか書き付けているようだ。
ゾロの方に光がいかないようにライトの片側を布で覆っているからか、照らされたサンジの顔だけが暗がりに
浮かんで見えた。
その横顔をもっと見ていたいと、そう望んだことすら夢か現か定かではないほどに、急速に眠りへと落ちていく。








明けて快晴。
これで連続4日間、晴天が続いている。
「水の心配がないからいいけど、メリー号の頃だったらちょっと焦りが出始める頃ね」
そう言って笑いながら、ナミは手元の体温計を確認した。
「37度8分か。ルフィにしたら平熱と言ってもいいくらいね、ゾロはどう?」
「こっちは37度5分だ。やっぱりアホさ加減でもルフィのが勝ちかな」
サンジの軽口に笑い声を立てて、ナミはルフィの布団をはがした。
「さあ、ちょっとは熱が下がったみたいだから男部屋に移動してちょうだい。これから掃除するから」
「目に見えないけど、ウィルス蔓延ってとこでしょうね。窓を開けても風が通りそうにないわ」
元気な仲間たちに追い立てられるようにして、ルフィとゾロが身体を起こす。
頭がぼうっとして身体がだるいことに変わりはないが、確実に昨日よりは楽になっている。
「あー、身体がバキバキするし、腹減った〜」
「さっき朝ごはん食べたばっかでしょうが!」
「・・・ボケが入ったのか?」
本気で心配する仲間たちに、しししと笑い返す。
その笑顔を見て、皆は急に押し黙った。
「・・・あんだ?」
帽子を被っていないせいか、ルフィは落ち着かない仕種で後ろ頭を掻いた。
「別に、あんたの笑顔見たの久しぶりって思っただけよ」
ナミがちょっと目尻を拭って、舌を出した。
「なんだなんだ、大げさだな」
「風邪だってわかってるのにね、なんとなく皆落ち着かなかったのよ」
ロビンの言葉に、ゾロは黙ったままサンジへと視線を移した。
サンジは横を向いて、窓に向かって煙を吐いている。

ルフィとゾロは丸3日間、この部屋で寝込み続けた。
くしゃみは出るし鼻は噛むし咳き込むしで、惨憺たる有様のはずなのに部屋自体はすっきりと片付いている。
惜しみなく使ったタオルも、サンジは常時新しいものと入れ替えてくれていた。
最初はぽんぽん飛び出ていたはずの憎まれ口も影を潜め、黙って甲斐甲斐しく世話をしてくれた姿が
おぼろげながら記憶に残っている。
「さ、男部屋へ行った行った。今日も天気がいいからお掃除日和よ」
「毎日だろ、ここの海域って無風で晴れしかねえんじゃねえのか?」
「病人をお世話するのにうってつけね」
仲間たちの会話を背にしたまま、ルフィとゾロはふらつく足取りで外に出る。
「かったりいなあ、なんか目が回るぞう」
眩暈が面白いのか、ルフィは浮かれた足取りで走ろうとしてこけていた。
彼にかかれば風邪も楽しい体験なのかもしれない。

「ルフィ、とっとと寝て治すぞ」
風邪になど罹ったのは己の不甲斐なさだが、罹った以上は早く治すのが仕事だろう。
ゾロは気合を入れて、男部屋で再び眠りに就いた。







次に目覚めた時は、もう日が暮れていた。
一体何時間寝ているのかと、我ながら呆れてくる。
静かに起き上がると、男部屋には仲間たちがすやすやと寝息を立てて熟睡していた。
ルフィ、ウソップ、フランキーにブルック。
サンジの姿はない。
不寝番だろうか。

目が覚めると必ず側にサンジがいたようで、その姿が見えないと却って何か物足りない。
ゾロは床に足を着いて起き上がり、ふらつきがないのを確認してタオルを手に取った。
どうやら熱も下がったようだし、久しぶりにひと風呂浴びようと思い立つ。

甲板に出れば、外には丸い月が煌々と辺りを照らしていた。
なるほど、風もなく波もなく、空には雲ひとつなく星空が広がっている。
穏やかな海だが長居をする場所ではないなと、勝手に見切りをつけて風呂場に向かった。




久しぶりにさっぱりとして、ゾロは風呂上りに屈伸をしてみた。
やはり身体が硬い。
だるさは残っているが、頭の中は妙に冴えていてもう寝付けそうにはなかった。
このままトレーニングに入りたいところだが、迂闊に動いて折角寝ている仲間たちを起こすのも気の毒だ。
腹も減った気がするが、それよりここ数日ろくに眠っていないだろうに不寝番をしているサンジが気になって、
足は自然と見張台へと向かった。

気配を殺して梯子を登り、中を覗く。
案の定、サンジは壁に凭れてウトウトと居眠りをしていた。
――――無理しやがって
元々は寝込んでいた自分たちが世話をかけたのだが、やはり黙って一人であれこれこなそうとするサンジの
姿勢を歯がゆいとも思ってしまう。
見張台の中に足を踏み入れても、サンジはまだ目を覚まさない。
起こしたくないのだが、何故かこのまま立ち去りがたくて、ゾロはそうっと腰を落として近付いた。
すぐ側に腰を下ろし、繁々と寝顔を眺める。
クルー一の遅寝早起きなサンジの寝顔は、滅多に見ることができない。
ゆっくり拝めるのは、怪我をして寝込んでいる時くらいだろうか。
だがそういった時はゾロ自身も同じように寝込んでいるから、やっぱりこうやって暢気に眺めることなど
できないのだ。

昨夜望んだように、このままずっとこの顔を見ていたいと思ってしまった。
いきなり湧き上がったこの感情をなんと呼ぶのか、ゾロにはさっぱりわからないけれど、ただこうしていたいと
切望する自分がいる。
目を覚ましたら、己の存在に気付いたら、サンジはいつものように不機嫌に顔を顰め、毒を含んだ物言いで
喧嘩を売ってくるだろう。
それはそれで構わないけれど、今はただ静かにこの空間を共有していたい。
そんな風に、望む自分がいる。

ふるりと、金色の睫毛が震えて瞬きした。
起きると気付いたのに、ゾロは覗き込む姿勢を崩せないでいる。
サンジの瞼がゆっくりと開き、真横の気配に気付いたのか弾かれたように首が動いた。
「わ、吃驚した!」
すぐ側にゾロがいることに心底吃驚したように、身体を竦めて後ろに下がる。
だが壁に肩を寄せるだけで、それ以上は下がれなかった。
「なんだよマリモ、もうよくなったのかよ」
まだ寝ぼけているのだろうか。
ちょっと間の抜けた感じで目をぱちくりと瞬かせる様は、なんとなくあどけない。

「お前、疲れてるだろう。見張り代わるぞ」
「なんだよ」
途端、朱を刷いたようにサンジの頬がピンクに染まる。
「病み上がりが何言ってんだよ、熱下がったからって調子こいてんじゃねえぞ」
口調こそ乱暴だが、サンジの視線はきょときょとと忙しなく動いてゾロをまともに見ようとしない。
それを不審に思って、ゾロはさらに顔を近付けた。
「どうした、顔が赤えぞ」
「え」
自分ではわからないのか、サンジは片手を頬に当てた。
「まさか熱があるんじゃねえだろうな」
ゾロはそのまま顔を寄せて、サンジの額に自分の額をくっつける。
ひやりと、心地よい冷たさが伝わった。
「いや、俺のが熱いな」
間抜けな判断をして顔を離すと、サンジの顔は先ほどより更に赤味が増していた。
耳まで真っ赤に染まっている。
「どうした」
「ど、どどどどどうもしねえよ」
明らかに動揺しているサンジを訝しく思って初めて、ゾロはようやく自分が取っている体勢に気付いた。
まるでサンジを壁際に追い詰めるように身体を寄せて、額をくっつけたからだ。
なるほど、寝起きにこんなことをされては誰だって驚きはするだろう。
だが―――

「まだ顔が赤えな、息は大丈夫か?」
この期に及んで、ゾロはあくまでサンジの身体を心配するような振りをして首筋に掌を差し込んだ。
ひゃあ、と情けない声を上げて、痩せた身体が小さく跳ねる。
「熱いな、首筋熱いぞ」
「なんでもない、なんでもないっ」
嫌なら蹴り飛ばすなりすればいいのに、何故だかサンジは身を竦めて縮こまるばかりだった。
その態度が、ゾロを更に調子付ける。
「熱はねえのに息が荒いな。辛いのか?」
言いながら、今度はシャツの下から手を差し込んだ。
「なに?なに?なに?」
もはやサンジはパニックだ。
「心臓が飛び跳ねてんぞ、どうした」
「ひゃああ」
シャツの下から直に肌を撫でられて、サンジは中途半端に腰を浮かしたままゾロの肩にしがみ付いた。
「馬鹿、なに触ってんだハゲ!」
「診察だ」
しれっと応えて、胸の辺りを弄る。
「なんだ、ねずみみてえにトクトクいってんぞ、大丈夫か」
「だだ、大丈夫なわけねえ」
触るなと言いながらも立てた膝をもじもじさせる様は、嫌がってるんだか恥らってるんだか判別がつかない。
ダメ押しとばかりに、ゾロは探り当てた尖りをくりっと指で押した。
「おい、硬くなってんぞ」
「・・・ばばばば、馬鹿野郎〜〜〜」
この期に及んで、サンジはようやくゾロの意図を悟った。
洗い立てのシャツを掴んで、バンバンと抗議するように肩を叩く。
「なにすんだよ、なんでこんな・・・」
見上げれば、もはや涙目になっている。
ゾロはサンジの正面に腰を下ろして、背中に両腕を回し抱えた。
茹蛸のようなサンジの顔を真っ直ぐに見つめ、なんだこいつめちゃくちゃ可愛いじゃねえかと今更ながら気がついた。
「なんだってんだよ、もう・・・」
子どものように膝に抱えられて、サンジは居心地が悪いのか尻をモゾモゾさせている。
相変わらず、ゾロと目を合わせようとはしない。

「世話になったな、ありがとう」
ゾロが言えば、きょとんとして一瞬目を合わせ、すぐに逸らしてしまった。
「なんだよ改まって、もう・・・なんなんだよ」
ゾロの肩を押していた手で、顔を覆った。
以前は真正面から平気で睨み付けてきたのに、何故だかゾロの顔を見ることができないようだ。
「おい、こっち向け」
「嫌だバカ、マリモ顔なんか見てられるか目が腐る」
「いいから、こっち見ろよ」
「嫌だ」
意固地なサンジの顎を捉え、無理やりにでも顔を向けさせる。
抗ってゾロの手首を掴む指が、かすかに震えているのに気付いた。
「おい、好きだ」
「・・・はあ?」
裏返った声を出して、サンジは視線を逸らしたまま口を開けた。
「何言い出すんだよいきなり、しかもおいって。おいって何?」
拘るところはそこじゃないだろうと思うが、サンジも相当動転しているらしい。
「おいって、なんだよそれ」
「じゃあ好きだ」
「じゃあってなんだ」
真っ赤になってキレるサンジに、これ以上何を言っても無駄だと悟ったゾロはそのまま実力行使に出た。
「好きだ」
そう言って、噛み付くように唇を押し付ける。
サンジは目を見開いて身を捩ったが、その手はすぐにゾロのシャツを掴んだ。

熱を測るようにサンジの口に舌を差し込んだが、やはり自分の舌の方が温度が高いと思い知らされる。
逃げる舌を追いかけて絡め、首を傾けて唇を吸った。
「・・・ふ、う・・・」
サンジの鼻から、切なげな吐息が漏れる。
抱きこんだ背中からシャツを乱すように両手で撫で擦れば、サンジは背を反らすようにして壁に凭れた。
斜めに身体を預けた状態で、二人舌を絡め合い濃密なキスを繰り返す。
ようやく唇を離し一息つくと、サンジは恨めしげにゾロを見上げてきた。

「・・・看病されて情が湧いたか、このケダモノ」
「かもな」
否定はしない。
だがサンジとて、経過は同じようなものだろう。
「まだ顔が赤えな、ちゃんと熱を測ってやる」
「・・・お医者さんごっこか!」
サンジの抗議の声も虚しく、その夜は隅々まで診察&太い注射をされてしまった。









「全員が食卓に着くなんて、久しぶりね」
ロビンの晴れやかな声に、仲間たちが一様に頷く。
相変わらずの晴天の海域で、台風一過のようにみなすっきりとした顔を見せていた。
ただ一人サンジだけは、なにやら赤く潤んだ目をして給仕に勤しんでいる。
「サンジ、なんか変な顔してるな。具合悪いのか?」
「いや大丈夫、すこぶる元気だぜ」
慌てて手を振る笑顔も、何故だか赤く染まっている。
「殆ど徹夜で看病した上、昨日は不寝番してくれたんですものね。この海域から出たら、ゆっくり休むといいわ。
 サンジ君に倒れられたら、大変」
ロビンの労いの言葉が胸に沁みた。
知らん顔してコーヒーを啜っているゾロの後ろ頭を張り倒してやりたいが、ここでは我慢。

「とんでもない海域だったけど、これでみんなグレードUPしたと思うと、結果的に良かったよね」
チョッパーは珍しいウィルスのサンプルが取れてご機嫌だ。
カモメ新聞を眺めていたロビンが、ふと目を留めて口元で笑いを隠した。
「なあに、何か書いてあるの?」
目聡く聞いてくるナミに、意味ありげな目線を送る。
「この海域、風来海域って名前は風よ来い〜って意味かしら・・・って、言ったことあるわよね」
「ああ、ロビンがでしょ?」
オレンジジュースを飲みながら、こくりと頷く。
「別の意味もあるんですって、風邪恋ね。普段、風邪とは無縁の丈夫な人が倒れるから、その看病をする
 ことで仲間と恋に落ちる確立が高いそうよ。風邪が縁結びになるってことかしら」
ロビンの言葉に、一気に頬を上気させた乙女・・・もとい、人物が2名。

「そ、そうなの・・・へええ〜」
ナミはわざとらしく笑い飛ばしてから、バツが悪そうに横を向いてジュースを飲んだ。
赤い髪から覗く耳が、真っ赤に染まっている。
サンジはさっきからシンクに向かったまま、振り返らない。
「そりゃあなんだか、めでてえな」
「そうね」
フランキーとロビンは、余裕のある表情で頷き合った。



フィギュアヘッドの上に、麦藁帽子を被ったルフィの姿がある。
定番の光景でありながらここ数日見られなかったせいか、やけに感無量で仲間たちは目を細めた。
「やっぱり、こうでなくちゃね」
太陽に向かい手を翳し、眩しげに空を見上げる。
壁に凭れて煙草を吹かすサンジの横に、ゾロは当たり前のように寄り添った。
ふんと横を向きながらも、あっち行けとはもう言わない。

「んじゃ行くぞ、みんな掴ってろ。風来砲!」
フランキーの掛け声とともに、サニー号は水飛沫を上げてきらめく青空へと飛んでいった。





END




◇ 千腐連様コメント ◇

玉:風邪っぴき麦ちゃんチーム
きぬ:いいよね
玉:季節柄インフルもはやってますし
きぬ:バカしかひかない風邪(笑
玉:あのさあのさあのさ
フカ:ん?
きぬ:ん?
玉:フランキーって風邪ひくの?
フカ:フランキー、後ろ半分だけ風邪ひくんじゃね?
きぬ:たまあーにひくのよ
玉:だってあの人、内臓ないじゃん・・・・冷蔵庫じゃん・・・・
フカ:尻がむずむずしたり、背中がゾクゾクしたりはするんだよきっと
玉:風邪ウィルスよりはむしろ、コンピュータウィルスのほうにかかりそうじゃん
フカ:わぁ
フカ:秘密漏洩フランキー
きぬ:ウイニーフランキー
玉:個人情報、海軍に送り続けるフランキーとかになりそうじゃん
フカ:え、なにそれ、開いたらいきなりサンちゃんのヌード画像とか出て来ちゃうの?
玉:いや、ハメ撮り
玉:ゾロとサンジのハメ撮り
フカ:はっ、ハメ撮りっすかっ
玉:盗み撮りのハメ撮り
きぬ:盗み撮りのハメ撮りをぬすみみしたい
玉:結合写真
きぬ:けつごうぶぶんをぬすみみしたい
きぬ:ハメ撮りされてるさんちゃんのしゃしんをぬすみみしたい
きぬ:ぬすみみ
きぬ:盗み見が正しいんだけど、なんか気分的には「ぬす耳」
玉:合体写真
フカ:絶対、ロビンちゃんと結託して撮ってると思うな、それ。
玉:むしろロビンちゃんはある意味黒幕だと思うな
フカ:まーなにしろ、フランキーは玉金まで抑えてるからな。
フカ:何でも言うこと聞くよな。ロビンちゃんの
玉:そうそう。Bまでいった仲だもの
きぬ:ハメ撮りっていいよね…
きぬ:サンジの限定で
玉:ハメ撮りから戻って来れない人がいるよ、フカさん
フカ:もどってこないねぇ
きぬ:でも途中でゾロ、カメラ放り出して腰つかいまくりそうだからなぁ
きぬ:ぷふふ
フカ:いいよ、どこまでもハメ撮りの渦に落ちていくがいいさ
玉:熱でぐったりしてはあはあしてるゾロもちょっと可愛いとときめいてしまいました。私は。
きぬ:「ちんたらこんなもん撮ってられっかあ!」ってぶん投げてカメラ壊せ、ゾロ
フカ:案外まじめに病人してるゾロがかわいかったよね
玉:まじめに病人(笑)
きぬ:それか、ねちこく腰でいじめてるところをじっくりねっちり撮影するゾロもいい
玉:サンジにあーんしてもらうゾロ
フカ:萌ゆるー
きぬ:ぐりぐり腰回しながら撮影しれ
玉:ゾロカワユス
フカ:ナミちゃんと、ちゃんと担当分けてるところがもーなんつーか
玉:うんうん。
きぬ:ぐるんと裏返してバックで撮影
きぬ:跳ねる金髪から白い首筋
玉:きむこ
きぬ:真っ白な背中に浮き出る背骨がうねる
玉:きむこって
フカ:背景画像になってるな。きむこ
きぬ:その下にカメラがズームしていって
きぬ:なによ
玉:もどってこい、きむこ
きぬ:いやよ
きぬ:もどらないわ
フカ:わぁ、はっきり言い切ったぜこいつ
きぬ:もうちょっとで結合部分にたどりついたのに
玉:そのお花畑はこえちゃだめだ、きむこーーー!!
きぬ:おいかけてごらんなさあ〜い
きぬ:あはははは あはははははは
フカ:いっそ思い切り背中、蹴り付けてやるぜ。げしっっ
きぬ:いでっ
きぬ:Σ(・Д・)あたしはナニを?
玉:よもやハメ撮りにこんなに食いつくとは。
玉:玉予想外
フカ:うむ。
きぬ:ハメ撮り、いいよね〜
きぬ:ハンディ片手にゾロがさ〜
フカ:そしてエンドレス
玉:え、看護プレイにはもえないんですか、きむこさんは
きぬ:病人は寝てろ
フカ:お医者さんごっこですよ?
玉:サンちゃんがナースですよ?
きぬ:うーむ
きぬ:イイ…ね
きぬ:チビナースですか
玉:患者さんがぶっとい注射の持ち主ですけどね
きぬ:ぶっといのか
フカ:お注射しましょvですよ
玉:ぶっといですよ
きぬ:ぶっといのか
きぬ:さすがだな、みうさん
玉:そして長い。
玉:でかい。
玉:かたい。
フカ:黒い
フカ:てかてかだしな
玉:ごきぶりみたいだな
玉:くろくててかてか
きぬ:くろくててかてかでけっかんういてるんだな
きぬ:まさにキング・オブ・ちんこ
フカ:液は粘性が高いんだ
フカ:ずっと寝てたから濃縮されてんだ、きっと
玉:濃縮還元純度100パーセントなんだ
玉:へそまでそりかえってるよ
きぬ:そんなお注射いやん
玉:一発で孕みそうな濃さ
玉:一滴で1000人を孕ませることができます
フカ:わぁ。種馬登録できんな
玉:できるね
きぬ:サンジ1000人
きぬ:わらわらわらわらサンジわらわら
玉:1000人乗っても大丈夫(性的な意味で)
きぬ:全然余裕で大丈夫だね
きぬ:1000人ハメ撮り
玉:ハメ撮りからはなれろよ(笑)
フカ:あ、ねぇそういやさ
玉:ん?
きぬ:ん?
フカ:恋に落ちるウィルスは、ルナミとゾロサンにしかきかなかったのかしら?
玉:え
きぬ:フカさん!
フカ:はい?なにかしら
玉:あと・・・なに、どこにきいたの、
きぬ:まあ、チョッパーは全員を診てたから
玉:フランキーとロビン・・・・と、
きぬ:あとはブルックさんとフランキーだな
フカ:ウソチョパもあり?
玉:ウソップとブルックさん?
フカ:骸骨攻め!?
フカ:身長差はばっちりね
玉:ガイコツ攻めとか言うより、おじいちゃん攻め
玉:歳の差ものすごいよ
きぬ:攻めるためのナニがありません
玉:そこは老獪なテクニックでカバー
きぬ:舌もありません
フカ:毛だけはあるんだねきっと
フカ:上と同じにもしゃもしゃと
玉:まって、まって。ねぇ
きぬ:なにかしら
玉:この話題はセーフなん?
きぬ:なんで?
玉:呪いだいじょぶ?おれら *1
玉:これはあり?
フカ:はっっ
きぬ:Σ(・m・;)
玉:ぞろじゃないからおけ?
玉:やばくね?
きぬ:(ーmー;)
フカ:ぞ、ぞ、ぞ、ぞ、ぞろじゃないからへ、へ、へ、へーき??
玉:心なしか腹痛くね?
きぬ:むしろ胸が痛いよ
フカ:あーなんかさっきから、ぶすぶすとガスが溜まって来ててさー
玉:待て、ゾロ種馬とかさっき言っちゃっ・・・・
フカ:種馬はむしろ、褒めて欲しい気もするが
玉:え、それは褒めことばか?
フカ:ち、ち、ちがう?
きぬ:可愛いサンジをハメ撮りなんて無体なマネで…
きぬ:萌ゆる
玉:くろくててかてかとかさっき・・・
玉:の、のろわれね?
きぬ:今更だな!(はっはっはー!
きぬ:みみみみみみみみみみみみみみみみうさんごめんなさい
きぬ:みがいっぱい
玉:「俺はイーストブルーの種馬、ロロノア・ゾロ!」とかそういう
きぬ:コラコラ、しーっ!
玉:あっあっ
フカ:一滴1000人とかいう
玉:ややややややややばいか
玉:まってよまってよ、ゾロカワユスってちゃんといったもん、私!!!
玉:萌えるって言ったもん!!
玉:せーふだよね?
フカ:私も言ったっ
玉:ね?
フカ:だいじょぶだいじょぶ
フカ:心配なのは、きぬさんだけ
きぬ:私も言ったと思うもん!
きぬ:え?
玉:だだだだだだだたいじょぶだいじょぶ
きぬ:なんで
玉:きぬさん、ハメ撮りだから?
きぬ:ハメ撮りなら呪われても本望だわ!
きぬ:サンジよ?ゾロなのよ?!
フカ:おぉ。勇者きむこ
きぬ:はめてなんぼじゃい!
玉:勇者きた
玉:呪いに立ち向かう勇者
玉:なんかかっこいー
きぬ:サンジの喘ぎで呪いもはね飛ばすさ!
玉:今年ついに勇者が!!
玉:苦節4年
きぬ:みうさん、ごめんなさいね(てへ
玉:あ、その「てへ」で呪われたな
フカ:うん。

 

※注釈※



みう:一滴で1000人むしろOKつか、定説。常識。科学的根拠あり(え)
   今回の件に関しては、呪いに抵触する部分は一切ありません。
   ちなみに「みうの呪い」とは・・・(以下略)



風邪注意報発令中